写実的な古典絵画で描かれるシーンは、一見現実を描いているように思えます。しかし、多くの場合、それは創作であり合成によって場面を成立させていることも多いのです。「絵画は巧みに創作された演劇映画のワンシーンであり、舞台セットのようなものである」そんな視点を踏まえて一枚の絵を眺めてみます。さらには絵を解体し、演劇的なニュアンスを感じる部分のみ残して他を極力削ぎ落としてみます。そのような方法で舞台の細部を慎重に観察してみると、そこに隠されていた虚偽的演出、エロティックな身振りや動的要素が端的に抽出されていきます。 会場では、描きかけの絵画のように静物画の一部のモチーフのみ残して撮影された静物写真シリーズ 《Before the Beginning》、絵画の中の極々最小限の場面を切り抜いた映像シリーズ《A Scene》などを展示。解体された部品のように、不完全でかつ妙な生々しさをもった絵画の一部たちが展開されます。 小瀬村真美
【 Before the Beginning ー不完全な断片】 あえて演劇または映画の舞台セットのようなものとして一枚の絵を眺めてみます。さらには絵を解体し、演劇的なニュアンス、動的要素を感じる演出部分のみ残して他を極力削ぎ落としてみます。 そのような方法で、絵画という舞台の細部を慎重に観察してみると、豪華さや写実の精緻さでそこに隠されていた虚偽的演出、エロティックな身振りや動的要素が端的に抽出されていきます。 シリーズ1 《Before the Beginning, giclee-print, 4 pieces, 2023》 オランダ17世紀のモノクロームの静物画家、Willem Claesz Hedaの静物画を基にした静物写真シリーズ《Before the Beginning》。元々の豪華で西洋的な静物画の中から不自然に置かれた布や皿、ナイフなどだけが残された静物写真。現代の日用品としても見えそうな脇役的要素だけが抽出されています。 不自然に間の空いた画面の中、テーブルという舞台の上では、すべすべとした光沢ある布が滑り落ちそうなままどうにか留まり、机上からはみ出した銀のプレートやナイフが、観客の方へとせり出して静止しています。オブジェクトによる何もまだ起こっていないサスペンス劇です。 シリーズ2 《A Scene, framed 4K videos, 4 pieces, 2023》 上のフロアへ上がっていくと壁面に点在しているのは静物画の中の極々最小限の場面を切り抜いた映像シリーズ《A Scene》。複数の花の静物画から切り抜かれた極小の場面が抜き出された映像群。撮影技術のない時代に想像で補いながら描かれた動きの速いものの表現( 妙な粘性を持つ水や放射状の形状で描かれた水、カメラに向かって演じるようなポーズで静止する蝶など)を再現しています。静物画の隅々で密かに進行している艶かしいシーンの断片です。
オブジェクト《Objects ー 絵画の断片》 点々と会場内に置かれているオブジェクトは《A Scene》と同様に様々な静物画内で散見される演劇的なセッティングの再現です。例えばキッチンでの日用品の置かれ方として見た時に違和感を持つようなセッティング、個人的に気になる演出と細部を持つセッティングを抽出しています。 ほんの少し見せる 不安定なくらい台からはみ出す 入れすぎの割れやすい割れ物 突き刺さるように置かれたナイフ 滑り落ちかける 行儀良く重ねる 風が吹いてるかのような形 どこかへ止まりかける 絵画から演劇的要素や動的要素を抽出してみると、静物画が精一杯取り込もうとした生命感の表現が見えてきます。写真やビデオのない時代に想像で補いながら描かれた写実的世界「見せかけのリアリズム」は、現代のわたしたちが3D映画のような造り事に対して抱くリアリティの感じ方に近いもののように思えます。しかし、実際に抽出してみると、人間の肉筆と欲求で作り上げられた舞台の妙な生々しさは、3Dとも実際の現実とも違う、別の生々しさを持った妙なリアリティとして新鮮に映ります。 そして、元の絵から切り離されたモチーフが、切り離されてもなお同じ身振りをし続けるその様子は、なんだか健気にも見えます。解体された部品のような絵画の一部たちは、完成された絵画とは程遠い、不完全な姿をギャラリー内で晒しています。不思議な生命感をもった絵画の一部たちは、いつまでもはじまることのないなにかを待ち続けているようです。